大石社長が語る☆L'Arc~en~Ciel

マーヴェリック・ディー・シー・グループ代表 /
一般社団法人日本音楽制作者連盟 理事長
大石征裕さん


「ラルク アン シエル」との二人三脚

−−デモテープの頃から
「ラルク アン シエル」には
光るものがあったんですか?

大石:音楽的に凄いと思いました。
さらにhydeのヴィジュアルを見たときに「絶対に売れる」と思ったのと
「彼らを絶対にテレビに出してみたい」と思いました。

それまで私はテレビ業界とは無縁でしたが直感で。
それが92年です。ただ、演奏は荒削りだったので、
tetsuyaと相談してドラマーをsakuraにし、
二週間後に1stアルバム『DUNE』を
私がレコーディングエンジニアとディレクターで録りました。


−−『DUNE』はインディーズでの流通だったんですか?

大石:そうです。88、89年には、
「X」の1stアルバム『ヴァニシング・ヴィジョン』と
「デランジェ」の『ラヴィアンローズ』が
インディーズで数万枚売れていたこともあって、
90年にはメタル・インディーズの流通ができあがっていました。
結局、「ラルク アン シエル」もその流通で
速攻3万枚売り上げて、評判になりました。


−−メジャーデビュー時のエピソードは何かありますか?

大石:最初は「“ラルク アン シエル”って読めません」
と言われることとの戦いでした(笑)。
よく「ラルク アン ”シェル”」と発音されることが多くて、
本人たちを連れてソニー東京営業所の朝礼に出たことがあります。
「ラルク アン ”シェル”ではありません! シエルです!」と。
当時は新人で「なんでそんな面倒臭い名前にするんだ!」
などと言われました(笑)。

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*なんか、すごく読み応えのあるものでした。
深いですね(*'ω'*)[emoji:e-420]







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